本郷ハジメは普段よりも少し遅めの帰路に着いていた。 ホームルームがいつもより長引いたのだ。 冬至も近づくこの時期の日はとっくに地平に沈み、冷え込みも本格的だ。 「さっさと帰って温かいものでも飲もう・・・。」 そんな独り言を口走りながら足を進めていく。 と、何か違和感を感じる。 普段であれば見過ごして素通りしてしまうであろうその違和感は、この時期、この時間帯にあって より大きな違和感となって俺を襲った。 「なんだ・・・?」 違和感の正体は数メートル先の街灯の所にいる人物のようだ。 夜の帳の中街灯に照らされて浮かぶその人影はどうやら女子高生のようで、しかも自分と同じ学校の生徒だ。 そこまでは問題ない、問題なのはその恰好だ。 俺が同じ学校の生徒だとすぐわかったように制服を着ている。 着ているのだが夏服なのだ。 夏服で地べたに座っているのだ。 人通りもまばらなこの状況にあってさすがに無視するわけにもいかず、俺はその女子高生に声をかけた。 「おい、あんた大丈・・・え」 俺は見てはいけないものを見てしまうという事を今ここで体験することになった。 目の前にいる女子高生は半透明だった。 浮こう側が透けて見えている。 顔を引きつらせつつ無意識のうちに一歩後退してしまう。 女子高生が顔を上げ口を開く。 「ねぇ、きみ。わたしってだれなのかな?」 俺は絶句した。 幽霊なんてものは今まで一度も見たことも無かったが、一般的なイメージとだいぶ違うように感じる。 怪談なんかで聞く分にはもっとおどろおどろしいものだと思っていたが・・・。 「ねぇ、きいいてる?」 現実逃避とも言えるの思考から立ち直った俺は、ノリに流されつつも返事する。 「・・・あんたが何かって?・・・幽霊だろ?」 幽霊女子高生は考え込むようにあごに手を当てて、 「ゆ〜れい・・・?そういえばわたしとうめいかも?」 何なんだ、コイツは? さっきとは違う意味で身を一歩引く。 「じゃ・・・じゃあ俺は帰るから・・・」 関わってはいけないというシグナルが鳴り響く俺は、身を翻し再び帰路に着く。 10メートル程進んで曲がり角に差し掛かるところでふとカーブミラーを見る。 俺の後をを追ってきているようだ。 「・・・。」 「さっきこたえてもらったついでにひとつたのみがあるんだけど、きいてくれる?」 馴れ馴れしい幽霊もいたものだ。 人間極限状態に陥ると割とどうでも良くなるものなのかもしれない、俺は当たり前に返事をしてしまった。 「なんだよ。」 「わたし、なんかおもいださないといけないことがあるきがするんだけど、でもおもいだそうとしてもおもいだせなくて、おもいだすのてつだっへほしいんだ。。」 「そんなことは自分でやってくれ。幽霊と遊んでる暇なんかないんだ・・・。」 幽霊相手に強気でこんなことを言う俺は後から考えるとすごい奴だったかもしれない。 しかし、その強気もすぐに収束してしまうことになる。 なぜならすごい表情をした幽霊が黒いオーラ(気のせいかもしれないが)を纏ってこっちをにらんでいたからだ、ちょっと涙目で。 「・・・う〜。」 断れる雰囲気は既にそこからは失われていた。 「・・・わかったよ。手伝ってやるから。」 「ほんと!?」 纏っていたオーラは一瞬で吹き飛び顔には笑顔さえ見える。 だまされている気がする。 深いため息が出る。 かくして謎の幽霊との週末がが幕を開けたのだ。 幽霊といつまでもこんな寒いところで差し向かっているわけにも行かず、一旦家に帰ることにした。 俺の家はここからそう遠くは無く歩いて15分くらいだ。 家に帰るまでにいくつかあったカーブミラーにはやはり俺に取り憑く霊の姿が移りこんでいる。 幽霊が鏡に映るという事実に妙に感心してしまう。 感心するのはいいがこんな話は誰にしても信用してもらえないどころか、頭を疑われるかもしれない。 「きみのいえってここからとおいの?」 「そんなに遠くない。」 「じゃあ、なんにんきょうだい?」 「一人。」 つっけんどんな対応になるのも無理はないとご理解いただきたい。 「あ、そんなことより、きみのなまえってなんていうの?」 そういえばお互いに名乗っていないことを思い出す。 もしかしたら長い付き合いになってしまうかもしれないコイツに名乗っておくのもいいかもしれない。 「俺は本郷ハジメだ。お前は?」 「なまえねぇ・・・。そういえばおぼえてないなぁ。」 自分から聞いといて名前も分からないとは。 「ん〜どうしよ?」 どうしようといわれてもこっちだって困る。 「じゃあ、なにかなまえつけてよ」 筒全そんなこといわれてもなぁ。 しばらく考えてみる。 「レイってのはどうだ?ユウレイだけに。」 我ながらナイスなネーミングセンスだ、などと思っているとジト目が横から向けられる。 「まじめにかんがえてる?」 「・・・。」 そういわれては返す言葉もないというものだ。 「あっでもれいっていいなまえかも!うるわしい、でれい。」 ま、納得したようで何よりだ。 麗は今決まった名前を確かめるように繰り返し全然聞いていなかった。 随分と嬉しそうな顔をするじゃないか。 そんなに喜んでもらえるならこの名前も本望だろう。 そんな話をしているうちに気づけばもう前方に我が家が見えていた。 「あそこがはじめのいえ?けっこうおおきいね!」 家の前で立ち止まり、俺は麗に振り返って尋ねた。 「一つ聞きたいんだが、このまま家に入って大丈夫なのか?」 「え、なにが?」 俺の言いたいことが伝わっていないようだ。 「お前がこのまま家に入って家族を驚かせるようなことはないだろうな?と言いたいんだ。」 含んで聞かせたつもりだが麗は首をひねったままだ。 「はじめ、ゆうれいはひとにはみえないんだよ?。」 ・・・。 「だったら何で俺にはお前が見えるんだよ?」 ポンと手を打つ麗。 「そういえばそうだね。なんでだろ?」 ため息が出る。 「考えていても仕方がないか。」 取りあえず慎重に入ることにしよう。 ドアノブに手を掛けそっと開く。 しかし、麗は俺を通り抜けて先に中に入ってしまった。 「おじゃましま〜す!」 と大声で挨拶までして。 「お、おいっ!」 俺は麗を追って勢いよく中に入る。 そして、母さんがいた。 母さんの後ろに麗がいた。 「どうしたの、そんなに慌てて。」 「な、なんでもないよ。」 どうやら麗には気づいていない様子だ。 取りあえず平静を装い愛想笑いを浮かべようかと思った時、母さんの後ろにいる麗が不振な行動をとっている。 家の中を物色しているのだ。 「・・・。」 「?」 俺は麗を見ていい加減にしろという視線を投げる。 母さんは俺を見て首をかしげる。 「どうしたのハジメ?」 「・・・いや、なんでもないよ。」 靴を脱ぎ家に上がり、麗に対してさりげなくあごで二階を指して上へ上がるように促す。 「うえ?」 俺のサインに気づいたようだ。 小さくうなづいで肯定する。 「じゃあうえにいってるね〜。」 ようやく視界から消えた麗にほっとするのだが、一連の動きは母親に全部見られていたようで、不審の目が向けられている気配がする。 その時2階からこんな声が聞こえてきた。 「えっちなほんがあったりして。」 とっさに、 「おい!」 声に出してしまった。 不審の視線がより一層厳しくなる気がしたが無視しないわけにはいかなくなってので走って2階に上がることにした。 「もうすぐお夕飯になるからね〜。」 階下から声が響いた。 割とおっとりした母親でよかった。 自分の名前のプレートがかかったドアを開け部屋に入る。 普段なら誰もいない室内だが今日は違う。 ベッドに半透明な奴が腰掛けているからだ。 溜息が出る。 今日はよく溜息が出る日だ。 「あれなんかつかれてる?」 「誰のせいだと思う?」 「そのとしになると、おかあさんとはなすのはつかれるよね〜。」 いたずらな微笑を浮かべながらにそういわれるとまた溜息が出そうになる。 「とにかく俺は飯食ってくるから、部屋ん中荒らすなよ。」 「はーい。」 わかっちゃいないんだろうな、と思いつつ上着をハンガーにかけ飯を食いに向かう。 夜も9時を回りなんとなくまったりとした時間が流れている。 「あ〜なんか癒されてる気がする。」 俺はこんな時間帯になんとなくボーっとしているのが好きだった。 そんな俺の気も知らない麗がまったり空気を破壊する。 「ね〜。なにまったりしてんの?わたしについてのきおくについては?」 あ〜そういえばコイツについての記憶だかなんだかを思い出すのを手伝わないと呪い殺されるかもしれない。 「って言ってもこんな時間から出来る事なんてあるのか?」 考え込む麗。 まったりする俺。 しばらくして礼は何かを思いついた様子で考え事を終える。 「とりあえずわたしがだれなのかかんがえよう!わらしがどこのだれなのか。」 「そうはいっても今は情報が少なすぎるだろ?明日学校帰りとかで調べて・・・ん?」 そこまで言って俺は1つのことに気づく。 「学校・・・そう学校だ!」 「え?がっこー?」 麗は何を言っているのかわからないといった様子で首をかしげている。 俺は説明する。 「お前制服着てるじゃないか、しかもうちの学校のやつ!」 麗は自分の恰好をまじまじと見つめて、 「おぉ〜!はじめいいところにきがついた!」 何故か上から目線のコメントだがまあいいだろう。 「で、がっこーがどうしたの?」 もう溜息はつくまい、こいつはこういうやつなのだろう、慣れよう。 「つまり、ウチの学校の制服を着ていると言う事は、ウチの学校で調べれば何かわかるかもしれないだろ?」 「あ〜、なるほど、はじめってあたまいいね。」 全然嬉しくない賞賛を浴びその夜はふけていった。 学校の授業が終るとすぐに廊下に出て歩き出した。 後を追って麗もついてくる。 「ねぇ、どこいくの?」 背後から麗が疑問をぶつけてくる。 俺は小声で答える。 「・・・部室だ。」 麗がジト目で俺に向かって抗議してくる。 「のんきにぶかつなんてするき?おんなのこがこまってるのに?」 一旦立ち止まり周りを見回して人気が無いのを確認して麗の方を向き、説明する。 「俺は新聞部に所属している。新聞部のバックナンバーを調べればお前についての情報が何かわかるかも知れないだろ?在学中に生徒が死んだんだとすれば、よほどの事情が無い限り何らかの形で記事になるだろうからな。」 多少早口にわかるように説明してやった。 だが麗は何か不満そうだ。 「なんでひとめをきにしたようにはなすの?」 「・・・お前は他の人には見えないんだから俺が1人で話してるように見えるだろ。そんなところを誰かに見られたら俺は明日からいづらくなるだろ?」 麗はまだ納得していないようだったが俺が歩き出すと黙ってついてきた。 そして部室のドアを開けて中に入る。 「あっ!本郷君、珍しいねぇ。君がこんなに早く部活に来るなんて!」 部室には既に部長の藤岡七瀬先輩がいた。 「あ、先輩、そういえば今日は会議の日でしたっけ?」 新聞部は毎月第一木曜日に来月号の紙面のテーマ決めや取材日程の調整などの会議を行う。 「本郷君忘れてたわね!しっかりしてよね。ただでさえ部員が少ないのに。」 すっかり忘れていた。 昨日から麗のインパクトの強さに完全に吹っ飛んでいた。 「―――麗、悪いけど調べ物は会議の後になりそうだ―――」 先輩の目を気にして小声で麗に言い聞かせる。 「なんとかさぼれないの?」 麗はもちろん不満お声を上げるがこっちだってどうしようもない。 「出来るわけ無いだろ。会議も調べ物もこの部屋でやるんだから。」 「本郷君どうかしたの?」 声がちょっと大きくなってしまったか? 「いえ、なんでもないです。早く会議始めましょう。」 「いやに仕事熱心ね。ま、みんなそのうち来るでしょうし。」 先輩が紙面資料を机に広げ、会議がはじまった。 来月のテーマがようやく決まったころ、日はだいぶ落ちてきていた。 今、部屋には俺と先輩と後から来た後輩部員2名がいる。 麗はというと、最初のうちは会議の行く末を見て、麗なりの意見を適当にしゃべっていたが、俺が相手に出来ないこともあって、30分ほどで飽きてしまったようで、 「わたし、ちょっとさんぽしてくるね〜。」 そういい残して廊下へと出て行ってしまった。 その時、会議が忙しかった俺は取りあえず目線だけで返事をして見送ってしまったが、今会議がひと段落して見ると今更に麗のことが不安になってきた。 人には見えないようだがもし万が一なにかあっても厄介だ。 「先輩、会議もひと段落着いたことですし、俺飲み物買ってきます。」 「ん〜そうね、。じゃあわたしイチゴミルクね。」 先輩がそう言うと後輩2人も便乗して、 「じゃあ俺はコーヒーでお願いします。」 「わたしオレンジジュースお願いします。」 ・・・全く、俺思いの無い先輩&後輩だ。 ま、下手についてこられても麗を探せなくなるわけで、今回はいいとすることにしておく。 とにかく麗捜し及びパシリに向かうために廊下へ出た。 麗探しとはいったものの良く考えればどこを探していいものやらわからずに適当に付近を見回しながら自販機のほうへと足を向けることにする。 ゆっくり歩いてあたりに注意を向けていたつもりだが、麗は見当たらず自販機の前までたどり着いてしまった。 「あ!」 自販機の前に麗がいる。 ちょっと前かがみになって自販機を見つめていてこっちには気がついていないようだ。 「おい。こんなところで何してんだよ?」 「きゃっ!!」 そんなに大きな声で呼んだつもりは無かったのだが背後から声を掛けたのが悪かったようで麗は悲鳴とともに背筋をビクッとさせて固まってしまった。 「・・・あ、悪い。」 固まった背中に声をかけるとギギギと擬音が聞こえてきそうなほどぎこちの無い動きで麗がこちらに振り返る。 そこで俺と目が合いようやく脱力した。 「も〜、きゅうにこえかけないでよ、びっくりしちゃったよ!」 幽霊なのに、という台詞が浮かんだが言葉にはしない、変わりに質問をぶつけてみることにする。 「ところで、自販機の前でいったい何を悩んでるんだ?」 即効で機嫌が直った麗は嬉々とした顔で答える。 「えっとね。いちごみるくのみたいな〜っておもって。」 「お前金持ってるのか?っていうか幽霊は飲み物を飲めるのか?」 飲み物は知らないが食べ物は昨日から食べていないはずだ。 「ん〜?のめる、とおもう。おかねはないんだけどね。」 なんとも適当な発言だ。 だがまぁ、幽霊がジュースを飲めるのかどうかってのは個人的に興味がある。 「しょうがない。買ってやるよ、イチゴミルクでいいのか?」 にぱっとれいが笑う。 「うん!」 お金をいれイチゴミルクのボタンを押すと、ゴトッという音を立ててパック入りのイチゴミルクが取り出し口に落ちる。 俺はそれを手に取り手渡す。 モノもちゃんとつかめるらしい、どういう理屈なんだろうか? 受け取った麗はそれをすぐに飲もうとはせずにスカートのポケットへと滑り込ませた。 イチゴミルクのパックは半透明な麗の体を透過することなく見えなくなってしまう。 ポケットがかなり膨らんでいるためにそこからなくなってしまったわけではないことが伺える。 そんなことを考えている俺に、麗はこんなことを聞いてきた。 「わたし、もうしばらくがっこーみてきてもいい?」 「あぁ、部活は大体あと30分くらいで終るからそれまでには帰ってこいよ。」 そういい終わる前に麗は走り始めていた。 そして走りながら、 「うんっ!わかった。」 半透明な麗の姿はすぐ見えなくなってしまった。 「ふ〜。幽霊のくせに元気な奴だな。・・・それじゃ俺もみんなの分買って戻るとするか。」 みんなのを買おうとお金をいれ、先輩の分のイチゴミルクを買おうとしたのだが、そこには『売り切れ』のランプが点灯しているのだった。 会議も終わりみんな帰り支度を始めたころ、麗は部室に戻ってきた。 ようやく本題の調べ物に取り掛かる事が出来る。 「先輩、ちょっと調べものがあるんでバックナンバー借りていいですか?」 資料の整理をしていた先輩はこっちを見ずに返事をする。 「バックナンバー?えっと確か後ろの棚の中だったと思うわ。」 先輩が言ったとおりにバックナンバーは棚の中にあった、それも大量に。 「うおっ!すごい量だな!」 バックナンバーは段ボール箱いっぱいはありそうだった。 「そうなの、1年で10部、創立以来で300部以上だし、資料つきだからね。」 ・・・この量を調べるのは苦労しそうだった。 「たいへんそうだね〜。」 麗が人事のように言う。 「―――お前もやるんだよ。」 「え〜、こんなのやだよ。めんどくさい。」 誰のせいだと思ってるんだこいつは。 「じゃとにかくバックナンバー借ります。」 「ちゃんと元の位置に戻しておいてね。」 とりあえずバックナンバーをいくつか手に持ち、近くにある机へと降ろすことにする。 この分だと1年分調べるだけでも今日中に終るかどうかも怪しいものだ。 ま、とにかくやるか、まずは俺の関わっていない号から調べることにする。 「―――俺は資料を調べるからお前は紙面のほうを見てろ。」 「うん。」 それからしばらく俺達は黙々と1年分に目を通すことになった。 ・・・・・・・・・ それにしても麗の読むスピードは遅い。 俺が1か月分の資料を読み終える時間と紙面を見終える時間が殆ど同じ、資料の文章量は見る限り3倍はあるのだが。 「―――お前読むの遅いぞ。」 「・・・だっておもしろくないんだもん。まんがとかついてればな〜。」 真面目にやれよ、とは思ったが麗の性格を考えればこうやって長時間じっとしているだけでもいい方なのかもしれない。 調べ物まったくははかどらないが・・・。 そんな感じでそれから1時間ほど目を通していたが、さすがに時間も時間になってしまい、ここら辺できりをつけようと立ち上がる。 「―――麗、今日はこの辺で切り上げよう。」 麗はつまらなさそうに紙面を見ていた顔を上げて嬉しそうに微笑んで、 「うん!もうかえろう!あきちゃったしね。」 「・・・お前が調べろって言うから調べてんのに、やる気が無いな。」 「だってしょうがないじゃん。あきちゃったんだもん。とにかくかえろ!」 ここでこんな話をしていてもしょうがないと判断し、とりあえずバックナンバーを片付ける。 ちなみに先輩および後輩は既に帰った後である。 それゆえ最後まで教室を使用していた俺が戸締りと鍵の返却をしなければならない。 俺は教室を巡り窓の鍵をかけ、カーテンをまとめて一周し、電気を消して教室を出る。 最後に外から鍵かけて職員室へ向かって歩き出す。 「今日は収穫なしだな。」 「そうだね〜。がっこうぎょうじのことばっかりしかかいてないし。」 確かにそうだった。 麗が在学中に命を落としたのであれば何らかの形で記事が載っている可能性を考えていたのだが、あったとしても当時の新聞部が好意で載せた猫の捜索依頼くらいで、女子高生が誘拐、殺人、行方不明になったなんて記事はまったく載っていなかった。 「お前生前は猫だったら話は早いんだけどな。」 ジト目の視線が刺さる。 「ねこはせいふくなんてきないよ。」 的を射た反論だ。 「冗談だ、本気にするな。」 「も〜。」 頬を膨らませて怒る麗の顔はなかなか面白いかもしろい、なんて事を考えながら二人して職員室まで歩く道のりは普段よりも短く感じられた。 鍵を職員室に返して家路に着いたのはいつもよりもかなり遅い時間になっていた。 「・・・さむい。」 家がそれほど遠くない俺はあまり防寒具というものを身に着けていない。 そのためにこの時間帯の寒風は身を切るように冷たく感じる 横をチラリと見る。 そこには夏服を着た少女がいた。 能天気に笑っている。 ・・・こっちが寒くなる。 そう思って麗から視線をはずすとそれを不審に思ったのか麗がわざわざ俺の視線上に移動してきた。 「はじめどうかした?さむいの?」 麗は俺が身を強張らせているのを見て初めて寒いことに気づいたようだ。 「・・・お前は寒くないのか?そんな恰好で。」 そういわれて麗は自分の姿をまじまじと見ていった。 「そういえばさむくないかも?」 幽霊ってのは便利なものだ、物には触れるようだし、イチゴミルクも飲んでしまったようだし、寒くもないようだし。 ひゅっと風が吹く。 話なんかして立ち止まっていたものだから体が余計に冷えてしまった。 ここで突っ立ったままいてもしょうがないと判断して歩き出す。 未だ自分の姿を見ていた麗も俺が歩き出したことに気づいて後をつけてくる。 「ねぇ、はじめ。」 追いついてきた麗が俺の背中に向かって声をかけてきた。 「なんか用か?」 寒くて返答がぶっきらぼうになってしまった気がしたが、気にした様子も無く質問をぶつけてきた。 「このせいふくについてるしるしってなに?」 麗は制服の胸ポケットの辺りを示している。 「ん〜?それは科章だ。」 「かしょう?」 「科章ってのは、自分の在籍してる学科の印だ。」 麗の胸についている科章は俺と同じ普通科の科章だった。 俺のかよう県立榎並原(えなみばる)高校には普通科と特別進学科の2つがあり、それを見分けるために科章があるのだ。 「ふ〜ん。じゃあこれは?」 麗は今度も胸ポケットについているもう一つのマークを示した。 「そりゃ校章だろ?」 麗は校章をじっと見つめて何か考えているようである。 「でもはじめのとちょっとちがうよ?」 「ん?」 言われてみれば麗の校章は俺のものと少しデザインが違うような気がする。 俺は自分の校章をじっと見つめ、次に麗の校章に目をやる。 「確かに違うな・・・。」 基本的な部分に違いは無い、が細部が微妙に違う。 パッと見ただけでは気づかないがこうしてよく見てみれば・・・。 「・・・えっち。」 デザインに気をとられて気がつかなかったが俺の顔は麗の胸のすぐ手前まで来ていた。 客観的に見れば・・・やばい光景だったかもしれない。 見えないだろうけど。 すぐさま顔を離し、目の据わっている麗に平静を装って声をかける。 「でもお前よくこんな細かいところに気がついたな。」 褒められたことに気を良くしたのか麗は据わっっていた目を瞬間的に笑顔のものに変換した。 「すごいでしょ?わたしって、すごいな〜。」 単純、という2文字がよぎるがもちろん口にはしない。 「それにしてもどうして校章が違うんだろう?」 「なんでかな?」 ・・・基本的なデザインが同じという事と制服が同じだという事を考えれば他校の可能性は無い、とすれば、ま、単純に校章の見直しがあったということだろう。 「ん〜・・・。」 しばらく考えながら歩いているともう少しでわかりそうな気がしてきた、が、 「たっだいま〜!!」 ・・・麗の大声で考えが吹っ飛んでしまった。 夕飯を食べ、風呂から上がり、今は部屋でくつろいでいた。 この時間帯はいつもどおりまったりとしたい気分なのだが、さっき考えていた事が気になってしまってくつろげそうに無い。 「考えてみるか。」 その俺の声を聞いて部屋の隅で漫画を読んでいた麗がこっちに寄ってくる。 「なになに、なんかやるの?」 「さっきの事について考えようかと思ってな。」 校章のデザインが俺と麗で違うと言う事は・・・俺よりも麗のほうが古い時代に学校に入学した、と考えることが出来る。 じゃあ校章が変わったのはいつなのか? そう思って俺は鞄の置く深くに眠っているはずの生徒手帳を麗にとってもらうように言う。 「ん〜これだ、はいっ!」 麗は手帳を投げてよこす。 すぐさま俺は学校史の書かれたページを開き、それらしい項目を捜す。 「あった。」 それは8年前の事らしい。 「8年前か・・・。」 「じゃあわたしのほうがおねえさんということ?」 妙に嬉しそうにこっちを見てくる。 「・・・なんだよ?」 「ふふふ、これからはおねえさんってよんでいいよ。」 無視してもう一度手帳に目を落とす。 すると、今度は違う項目に目が留まった。 【特別進学科設立】 10年前。 麗の入学は8年以上前で、 特別進学科設立が10年前。 そして、麗の胸に光る普通科の科章。 科を区別するための科章があると言う事は入学は10年前以降。 ・・・と言う事は、今から9年前及び10年前の記事に調査範囲が限定されたわけだ。 不覚にも明日が楽しみになってきた。 「ちくしょう!寝坊した。」 俺は全力疾走しながら自分に対して悪態をついた。 もちろん朝飯も食べていない。 「はじめ、。だめだな、ちこくは。」 俺の背中にとり憑いていた麗がおれの耳元にささやいてくる。 「うるさい!気が散るから静かにしろ!」 「・・・。」 麗が背中に引っ込んだ。 ちょっと強く言い過ぎたかもしれないが、車通りや通勤中のサラリーマンが多いこの時間帯に全力疾走するのにはかなりの集中力を要するし、余計な体力消費も避けたいところだ。 学校が視界に入ってくると同時に俺のように遅刻しそうな奴が走っている姿や、既に諦めたのか歩いている生徒の姿を捉えた。 時計を見るとあと3分何とかなりそうだ。 俺はそのままの勢いで校門をくぐり、昇降口を抜け、チャイムとともに教室へ滑り込む事が出来た。 これで1時間目が体育ならばやばかったが、現国ってのもそれはそれで眠くなるわけで・・・。 だるい1日の授業を終え、部室へと足を向ける。 部室に着きドアを開けると今日も既に先輩がそこにいた。 今日は会議もないはずだから自主的に部活動をしているということだ。 ところで、先輩は3年であるから部活動は既に終了しているのだが、将来はジャーナリストを目指しているらしいく「今後のため。」といって今でも部活動を続けている。 肩書きも元部長であるが今のところは実質先輩が部長である。 ちなみに現在の部長は本来ならば2年である俺が勤めるのが普通だが、編集能力や指揮能力の観点から1年の相津という女子生徒の方が適任とされ部長を任されている。 ・・・多少肩身が狭い気もする。 「先輩、今日も部活ですか?」 俺が声をかけると机から顔を上げこちらを向いて一言。 「あなたが呼ばれもしないのに部活に来るほうが不思議だわ。」 そういわれてしまったが、あいまいに笑ってごまかす事にして、鞄を例の棚の近くに下ろし、資料を取り出しにかかる。 昨日は適当に近年のものから調べたが、今日は目的の物だけをピンポイントにつかみ出し机に広げた。 「―――麗、この中にお前の手がかりがあるかもしれないぞ。」 「うん、がんばろ〜。」 漠然としすぎていた昨日とは打って変わり今日は俄然やる気が違う。 先輩に気づかれないように俺と麗は気合のポーズを決め作業に取り掛かった。 作業分担は昨日と同じ、俺が資料を、麗が紙面を見ていく。 あとはもうひたすら紙とのにらめっこだ。 しかし、士気はは昨日よりも上がったものの作業自体が楽になったわけではないわけで、1時間ほど経てば麗なんかはもう机に顔をつけて寝ているような恰好だ。 ペースとしては1時間で半年分、今の所手がかりはないが、今日は時間もある事だし、ここらで一旦休憩を入れてもいいかもしれない。 「―――ちょっと休憩しよう、出るぞ。」 麗は目を輝かせてパッと起き上がり、 「いちごみるく〜。」 と言ってさっさと部屋から出て行った。 俺も後を追うがドアの前まで来て振り向き先輩に声をかける。 「ちょっと出てきますけどまたなんか買ってきます?」 先輩は顔を上げずに一言。 「イチゴミルクお願い。」 それを聞いて部屋を出た。 イチゴミルク、流行ってるのだろうか? 部屋を出てまっすぐに自販機へと向かう。 「いちごみるく〜♪」 麗は随分と上機嫌だが、俺は少し凹み気味だった。 二年分という目星がついたまでは良かったのだが、今現在半年分を調べ終わった時点で麗の手がかりとなりそうな記事は全く見つかっていない、例えばこのまま見つからないとなると、調査時期が絞られているだけに調査の方法を根本から考え直さないといけないことになる。 部活の新聞が駄目ならば、足を使う事になるだろう。 この時期の外を歩き回るのはつらいものがある。 「今日見つかるといいな。」 誰に言ったつもりでもなかったのだが麗が反応する。 「そうだね。」 ふと、俺は疑問に思った事があったので聞いてみることにした。 「お前はお前について調べて、どうするつもりなんだ?」 その問いに首をかしげ少し考えるような仕草をとる。 「ん〜。どうするんだろ?」 ・・・ま、最初から期待なんてしていたわけじゃないのだが、その答えに呆れてしまった。 「俺が身を粉にして調べてやってるってのに・・・。」 あはは、と麗は苦笑し 「ごめんね、でもきっとたいせつなことなんだとおもうんだ。」 ま、いいだろう、見つかってから悩めばいいことだ。 自販機まではあともう少しだ。 取りあえず麗と自分の分を買い先輩の分を買おうと思ったが、このまま持って帰っても麗が部室で飲むわけにもいかないことを思い出し、先輩の分を後にしてどこかで飲んでいこうということする。 「どっかで飲んでくぞ。」 「うん。」 「この辺でいいとこあったかな?」 「むこうのかいだんなんかいいんじゃない?」 一般棟には階段が二つあり西側にあり、生徒の殆どは西側にある階段を利用している。 そして東側にあるあまり使われない階段が『むこうのかいだん』である。 「そうだな、あそこならあんまり人目にもつかないだろうしな。」 「じゃ〜いこう!」 階段はすぐそこだ。 俺は二人分の紙パックを手に持って階段まで歩き腰を下ろす。 紙パックを麗に渡し二人のみ始めると、自然と沈黙が降りてくる。 「・・・。」 チラと視線だけで横を見ると麗は一生懸命ジュースを飲んでいる。 なんとも幸せそうな奴だ。 「お前幸せそうだな。」 「ん〜♪」 本当に幸せそうな奴だ。 きっと生前も幸せな学校生活を送っていたに違いない。 こんな麗の顔を見ていると幸せな気分になってくる。 しかし、同時にどこか寂しいような気分になっている自分にも気づいた。 それが何なのかはわからなかったが、今はそれでいいのかもしれない、そういう事にしておこう。 「さ、早く飲んで作業の続きだ。」 パックに残っっていたジュースを飲み干し、麗を促す。 それを聞いた麗は一瞬固まってからストローから口を離し、俺のほうを見る。 「も〜ちょっと。」 あいまいに笑って再びストローを口にくわえる。 そして、ゆっくりとまた飲み始めた。 さっきよりもスローだ。 「早くしてくれよな。」 「・・・・・・。」 作業の再開にはもう少し時間がかかるかも知れない。 部室へと戻り、先輩にジュースを渡し、再び記事とにらみ合う。 見つからなかったら、という多少の焦りもあるが、とにかく今はとにかくこれに目を通すことに集中しよう。 見つからなかったときのことはそれから考えればいいだろう、時間制限があるわけではないのだから。 「―――じゃあ10月分からはじめるからな。」 小声でそう告げて麗の前に10月の紙面を広げてやる。 麗はすぐに紙面へと目を移し、集中しはじめる。 さっきの休憩が効いたらしい。 それを確認すると俺も資料を目の前に広げて目を通しはじめる。 ・・・・・・・・ 資料に一通り目を通し、時間を確認してみると20分ほど経過していた。 昨日から続けていた作業だけに徐々に効率がアップしてきているのかもしれない。 だが、目当ての資料は見つからない。 麗のほうも紙面に目的の記事を発見できなかったようでこっちを向いてダメという風な表情を見せた。 「ふぅ、無いか・・・。」 さっさと10月分をしまい11月分を広げた。 そしてさっきと同じような作業をまた20分ほど繰り返したが結果は同じだった。 「ほんとにあるのかな〜?」 などと麗も口走っている。 「―――さぁな、確信があるわけじゃないし。最後までやってみなけりゃわからん。」 「だけど、もうつかれてきたよ。きょうはそろそろあがりにしようよ。」 やはり麗の集中力はこんなものだったか。 どっちにしても俺も先の見えない作業に疲労がたまってきた。 「―――じゃあ、12月でキリをつけるか。」 そういって12月分を広げる。 うんざりとした顔が横目に映ったがそれは無視しておいた。 そして例の如く二人で資料を追っていく。 「・・・」 「・・・」 10分も経つと今回も・・・という雰囲気が自分と隣から漂う。 「ないな〜。」 「・・・」 俺はさらに5分ほど黙って資料と格闘した。 麗は12月分に関しては諦めモードだったが・・・。 雑多な取材記事を読み終わり次に一般記事のスクラップに移る。 1ページ、2ページと読み進めていくがやはり見つからない。 さらに3、4、5、6・・・。 そして最後の1ページになった。 「はぁ。」 期待もせずに斜め読みを決め込もうとしたとき、俺の目にその文字が鮮烈に飛び込んできた。 「あっ・・・!」 見つけた瞬間俺は驚きのあまりに声を上げてしまった。 「なんかみつけたの?」 麗が不思議そうに俺の顔をのぞきこんでくる。 とにかく見つけた記事を確認しようと机に視線を落とす。 「・・・いや、なんでもない。」 俺はその記事の中に1つの単語を発見してしまった。 これを見つけた瞬間にこの記事のことをなんとなく麗には話したくない、と直感的に判断した。 その結果出た言葉がさっきのだ。 俺は今まで麗の死因というものを全く考えていなかった。 麗の持つ雰囲気がそれをさせなかったように思う。 それ以前に麗の死というものを理解していたようでいて、本能的な部分では理解せず、思考もしていなかったのかもしれない。 しかし今、俺の中の麗像が若干変化したように感じられる。 それがいい方向にか、悪い方向にかはまだ俺にもわからないが・・・。 「―――今日はもう帰ろう・・。」 麗が不思議そうにこちらを見ている。 「どうしたの?さっきからへんだよ?」 麗が不審がって聞いてくるがさっきと同じ理由で麗にはこの記事を見せたくない。 「―――今日はもう帰ろう、これには載ってなかった。」 言葉足らずナ説明にに麗もさすがに納得がいかないようだったが、 「なんか奢ってやるから。」 というと満面の笑みで頷いてくれた。 記事には、【自殺】の文字が記載されていた。 家に帰って来るころには麗はさっきのことについては完全に失念したようで今は床で漫画を読み耽っている。 しかし、これからどうするか? 今までどおり部室で調べ物をしてもこれ以上の収穫はないだろうし、収穫があったとしても麗に知られたくない情報であるかもしれない。 うーむ。 もしかすると、これ以上調べ物をするのは麗と一緒に行動するのは不都合が多いかもしれない。 とすると、麗と俺が一緒にいないタイミング・・・授業中か。 麗は授業中は何をしているのかは知らないがいつもふらふらといなくなる。 調べ物をするならそこしかない。 一応真面目で通っている俺が授業をサボるってのは気がひけるが、場合が場合だし仕方がないか。 ・・・仕方ないだろうか? ふと麗を見る。 床に寝転んでいるこいつは俺の目には幸せそうに映る。 「・・・。」 彼女は俺に自分の調査を頼んだ。 随分と自分勝手なことだ。 ならばきっと勝手に調査をやめることだって許されるに違いない。 それで麗にとって不都合が生じるようなら、その時また考えよう。 でも、今はまだその時ではない、俺はそう判断した。 「なぁ麗。」 「ん〜〜?」 「どこか行きたいところはあるか?」 漫画からパッと顔を上げてこっちを見る。 「どっかつれてってくれるの!?」 まぶしいほどの笑顔だ。 「金がかからないとこなら日曜に連れてってやるよ。」 「ほんと!?どこがいいかな〜?」 まるで小学生のような反応だ。苦笑を抑えて様子を見守っていると、 「じゃあうみがいいな。」 「海?この時期は寒くないか?」 「わたしさむくないもん。」 そうだった、と言う事は俺が我慢すれば言いだけの話だ。 それにこの時期の海なら人もいないだろうし、ちょうどいいかもしれない。 「よし、じゃあ海に行こう!」 「いえ〜い!」 ここから一番近い海というと電車で終点まで乗ってそこからしばらく歩いたところにある。 なかなか景色も砂浜もきれいで、冬に行っても結構見所はある。 「でーとなんではじめてだな〜。」 デートか、そういえば俺も女の子とデートなんてした事がない。 初めてのデートが幽霊ってのもどうかと思うが、でも一方で麗なら言いかという気持ちもどこかにあるような気もする。 「ところで、とつぜんなんでつれてってくれるなんて?」 「まぁ気まぐれだ。」 「ふ〜ん?ま、いいけど。」 そのあと麗は何か考える様に古い流行歌の鼻歌を歌いながら漫画に戻っていった。 普段なら土曜日といえども9時には目が覚めて朝飯を食っている俺だが、今日は起きた時には12時を回っていた。 土曜日は毎週両親とも朝から用事がある為今は誰もいない。 どうにも体がだるいが、さすがに腹が減ったので1階に降りることにした。 1階に降りてくると誰もいないはずのリビングから物音が聞こえてくる。 ドロボウでも入ったか? 不審に思いながらも確かめるためにだるい身体に出来る限りの力をためてリビングのドアを開ける。 ガチャ 「あ、おはよ。」 「・・・おはよう。」 部屋に麗の姿はなかったのだから、当たり前のことだった。 件の麗はリビングに置いてあるビデオをいじっていた。 「何してるんだ?」 麗はビデオテープを入念にチェックしつつ答える。 「はじめぜんぜんおきないから、ひまだな〜とおもって、さっきまではわいどしょーみたいなのみてたんだけどね。」 安心したら余計に腹が減ってきた。 作り置きの朝飯が残っているはずなのでそれを食べることにするが、どうにも見当たらない。 台所を一通り捜してみるがあるのは流しに食器ワンセット。 「・・・飯がないな?」 「どうしたの?」 「いや、朝飯がないから。」 「わたしたべてないよ?」 それはなんとなく分かる。 でも、と言う事は作り忘れか。 どうにもだるいので昼飯を作るの気にもなれず戸棚からカップ麺を取り出す。 「しょうがない、カップ麺で我慢するか。」 フタを開けようとした瞬間にテレビのほうから声が上がる。 「ちょっとまって。わたしごはんつくってあげよっか?」 「お前料理できんのか?」 「まかせてよ!せいぜんはりょうりのてつじんっていわれてたんだから。」 「ウソだろ?」 「まぁいいから、まかせて。」 確かに起きしなにカップ麺も身体に悪そうだし、任せてみるか。 「食えるものを頼む。」 「まっかせなさ〜い。」 露骨に腕前を疑ってみたのだが全く気にしていない様子だ。 早速台所に向かい、冷蔵庫の中身を確認し始めたので、俺はテーブルに着き待つ事にした。 「これと、これと・・・。」 卵やら豆腐やらソーセージなどを取り出している。 きっと玉子焼きとか冷奴みたいな軽食を作るのだろう。 失敗はない。 どうもボーっとしていると眠くなってきて仕方がないので、新聞なんぞを見て明日の天気を確認してみる。 明日は晴れらしい。 今日も随分といい天気で、小春日和って奴だろうか? これなら俺も海に行って凍えることもないだろう。 ジュー そんな音とともにいいにおいが漂ってくる。 ここから見ていると麗の手元はあまりよく見えないが、背中を見ている限りなかなか手馴れているように感じる。 料理の腕を疑う必要はなかったようだ。 「もうすぐできるからおさらよういして。」 俺は怠慢にも席から離れず身をよじって背後にある食器棚から皿を1枚取り出す。 しかし、問題が発生した。 背筋がつってしまったのだ。 身悶えながらも結局席を立ち素直に食器を取り出す。 最初からこうすればよかったのだが、口にはしない。 皿を並べてから待つこと十数分俺の昼飯が完成した。 メニューは予想に反して案外しっかりとしたものだった。 豆腐チャンプルーとサラダ、それと味噌汁、ご飯。 「ざいりょうのかんけいでまとまりないけど・・・。」 「いや、充分にうまそうだ。」 そして実際うまかった。 味噌汁のだしのとり方などは熟練ささえ感じる。 味噌汁もそうだが、チャンプルーに関しては絶品といっても差し支えもないものだった。 「どう?」 「・・・うまい。」 喜色満面。 この笑顔は悪魔だ。 この笑顔を見ているよ現実をうっかり忘れて、「いい嫁になるな。」等と思ってしまう。 まぁ幽霊なんだが。 食事を終えるとどうにもまったりとした空気が流れる。 麗はまた床で漫画を読んでいる。 俺も壁にもたれて週刊誌を読む。 そういえば、と思い発売日を見るとこれは先週のものだ、そういえば今週号を買っていなかったような気がする。 発売が月曜で今日が土曜、まだ置いてあるだろうか? 話が飛ぶのも嫌なので近くの書店に探しに行くことにする。 「ちょっと出るけど、お前はどうする?」 「どこいくの?」 「本屋。」 「じゃあいく。」 ということで本屋に赴くことになった。 この近所にはいくつかの書店があり、一番近いところにある書店は個人経営なのかどうかは知らないが非常に小さい。 それゆえ品揃えが決していいとはいえないのだが、雑誌を買うにはどこであろうと大して変わらないだろう、という判断のもと今回はそこに向かうことにする。 場所は学校方向に5分、左に曲がって5分といったところだ。 多少遠回りにはなるが学校帰りに寄ることもままある。 雑誌や漫画などの品揃えは割といいので部屋にある漫画などもそこで買ったものが多い。 「はじめってまんがけっこうもってるよね?」 たかだか10分の道のりだが麗の性格上黙って歩くというのは難しいのかもしれない。 「ま、昔からちょくちょく買ってるしな、惰性で買ってるヤツも多いけどな。」 「あはは、たしかにあんまりおもしろくないのもあったかも?」 「おいおい、それは言うなよ、寂しくなるだろ。」 「おかねのむだづかいはよくないよ〜。」 そんな話をしながら歩いていると例の書店が見えてきた。 取りあえず目的を果たすために雑誌コーナーに向かう。 麗は麗でふらふらと奥の方に消える。 コーナーをパッと見渡すだけで捜していた雑誌発見された。 ついでに近くにある新刊コーナーも見てみたが特にめぼしいものもなかったのでレジを目指そうとするが、そういえば麗の姿が見えない。 どこに行ったのかと書棚をちょっと覗き込むと少女漫画の書棚のところにいた。 置いて帰るわけにも行かないので近づいて小声で声をかける。 「もう買って帰るぞ。」 「ん〜〜、わかった〜。」 わかった、といいつつ目は本から離れてはいなかった。 「それ・・・欲しいのか?」 「えっ!?かってくれるの?」 そんなことは言ってないのだが、と思いつつもこれも「らしさ」なのかも知れない。 「これでいいのか?」 と麗の視線が集まっていた本を取り上げる。 「うん。」 そう言うわけで俺は2冊の本を持ってレジへ向かうことになった。 それにしても少女漫画を買うってのは微妙に恥ずかしいものがあるなぁ、などの思ってしまう。 こういうときは堂々としている方がいいような気もするが、よく考えるとどっちもどっちという気もする。 そして、自然体でレジを通過して家路に着く。 帰り道では一転して麗は話しかけてはこず、随分と嬉しそうな顔をして俺の後を着いてくる。 ルンルン気分とでも言うのだろうか、表現が古いが。 家に着くと早速二人で漫画の鑑賞を開始する。 漫画の趣味というものは人によって偏りが出るものであるが、俺の場合はスポーツ漫画をよく読む、麗の場合はどうだろう?今日買ったものは見た目はいわゆる少女漫画っぽいヤツだったが。 「それどういう話なんだ?」 「え?」 ちょっとびっくりしたように振り向く。 「これのことだよね?」 本を少し持ち上げて確認してくる。 「そう。」 「え〜っと。いいなずけのいるおんなのこがいて、でもほかのひとをすきになっちゃって、どうしよう?ってなやんじゃうはなし。」 ふ〜ん、思ったよりもそれっぽい内容かもしれない、きっと後から好きになった奴とくっつくのだろう。 「で、けっきょくいいなづけのもとにもどっちゃうんだ。」 違った、思ってたよりも複雑そうな話かもしれない、後で読ませてもらう事にしよう。 そして、自分の漫画に戻る。 休日の昼間はこうして過ぎてゆく。 今日は麗と海に行く日だ、しかし、どうしたものか今日は昨日と比べてもまた一段と体が重い。 そういえば、ここ数日朝起きると妙に体がだるい。 しばらくすると治りはするのだが、 今は9時。 向こうでゆっくりするなら10時くらいには家を出たい、となるとそろそろ起きる必要がある。 生ける屍の如くゆっくりと身体を起こし、ベッドから這い出る。 「おはよ〜。・・・なんかこわいよ?」 「・・・おはよ。」 窓の外を見るとまぶしい日の光が部屋に差し込んでくる、快晴だ。 「10時には出かけるからそれまでに支度しとけよ。」 「っていってもわたしよういするものなんてほとんどないけどね。」 とにかく支度を整えることにする。 1階に降り、顔を洗い、朝食を食べ、歯磨き、着替え、寝癖を含めた髪型のセット。 一通り済ませたころには体調も随分回復したような気がする。 9時45分。 そろそろ出ることにしようと2階に上がり麗を呼びに行く。 「そろそろ行くぞ。」 そういってドアを開けて俺は驚きを覚えることになる。 「じゃ〜ん!どう?」 俺の前にはいつもの制服姿の麗ではなく、普段着というかよそ行きっぽい服になっていたからだ。 髪の毛も普段は長い髪を後ろへ垂らしているだけだが、今は三つ編みだ。 「う〜む、なんともかわ・・・。」 「かわ、なに?」 なんとなく気恥ずかしくなって話をそらしてみる。 「と、所でお前その服どうしたんだ?」 麗は自分の服を確認するように下を見たり、背中を見たりして答える。 「まんがよんでて、このふくいいな〜っておもったらこうなってた。」 そういわれてみればこんな服を着ているキャラクターがなんかの漫画に出ていたような気もする。 そのキャラがなんだったか気になるところだがあんまりジロジロ見るのもためらわれるので、それはやめておく。 「よし、じゃあ出発するぞ。」 高らかに宣言して部屋を出る。 「あ、ちょっとまって。」 勢い込んで部屋を出たのに呼び止められてしまった。 少し恥ずかしい。 「何だよ?」 「これもっていってほしいんだけど。」 これ、というのは1つのバスケットのような入れ物だ、どこから引っ張り出してきたのやら。 「よし、じゃあ改めて出発だ。」 今度は呼び止められずに家を出ることが出来た。 駅は歩いて家から10分といったところにある。 普段電車を利用するなら駅までは自転車に乗っていくのだが、はたして、麗は自転車に乗れるのだろうか? 「お前ここ乗れるか?」 「ここ?のれるよ、ほら。」 ふわっとした感じで荷台に腰掛ける。 「じてんしゃでいくの?」 「お前が乗れるんならそうする。」 「ん〜。どうせだからあるいていこうよ。えきとおくないならさ。」 「まあ10分くらいだからそれでもいいけど、なんでだ?」 「ん〜。せっかくの『で〜と』だしゆっくりあるくのもいいでしょ?」 恥ずかしいことをさらっと言いやがって、だが、デートはともかく天気もいいことだしゆっくり歩いていくのもいいかもしれない。 体調も平常に戻ってきているようだし。 「じゃ、歩いていくか。」 「うん!」 日曜の午前10時の街は、街としては既に覚醒し、活動を開始しているようだが、それを活用する人間はまだ少ないように見受けられる。 この分なら麗が話しかけてきても無視したりしなくてはならないと言う事は無いだろう、と思ってみたもののこういう時ほど向こうからは話しかけてこないもので、何か話を振った方がいいだろうかと考えているうちに駅まで歩いてr来てしまっていた。 「切符買ってくるから改札の所で待ってろ。」 「は〜い。」 ここから終電までの料金は往復700円。 財布からさっと1000円2枚を取り出し、切符を購入、お釣り600円。 切符を持って麗の目の前で気付く。 「しまった、お前の切符は要らないんだった。」 不覚だった。 デートと言う言葉に多少舞い上がっていたのかもしれない。 「あはは、おっちょこちょいだね〜。」 「はぁ、ま、とにかく通るぞ。」 自動改札に切符を通し通過、ちょっと緊張。 麗はそのまますぅ〜っと何事もなく通過。 階段を上りホームへ出て、時刻表を確認する。 2分後に来るようだ。 ホームの向こう側にある歯医者の看板を眺めていると麗が話しかけてきた。 「ねぇねぇ、さっきのきっぷちょうだい。」 「ん?これか?」 麗の分に買った切符を取り出し渡す。 「ありがと。」 そのまま切符をスカートのポケットにしまいこむ。 「そんなものどうするんだ?」 「えへへ、きねんに。」 「なんだそりゃ、俺に対する嫌味か?」 「ちがうよ〜。はじめてので〜ときねん。」 ・・・もうつっこむのはやめておこう。 こっちが恥ずかしくなる。 そんなことをしている間に電車がホームに入ってくる。 ゆっくりと電車が止まり、ドアが開く。 中にはやはり余り人はいないようで、隅っこの席を取る。 電車が鈍いモーター音とともに動き出す。 俺は向こう側の窓から、麗は背後の窓から流れる車窓を眺めて暇をつぶす。 座席に膝立ちで乗って外を見ている麗はやはりどこか子供っぽいのだが、今日の服装はいつもより大人っぽい雰囲気があるのもだからそのギャップがなんとも微笑ましい、といえればいいのだが笑えてしまう。 晴れの日の車窓はなかなか見ていて面白いものだが、冬の晴れの日ってのは得てして眠くなるのもで、俺も例に漏れず眠くなってきてしまった。 せっかく二人で出かけているのに寝てしまうのはどうかと思うが、どうにも耐え難い眠気というのもあるもので、俺は眠りに落ちてしまった。 「ここ・・てる・・・きが・・。」 俺がまどろんでいる間に電車は終点に近づいていたようだ。 一つあくびをして隣の麗を窺う。 「あ、おきたんだ。よくねてたね。」 「あぁ、悪い、起こしてくれても良かったんだけどな。」 「べつにいいよ、なんかつかれてたみたいだし」 あまり気にしていないようでよかった、機嫌悪くしていたら、この後気まずかったに違いない。 そういえば、ふと思い出したことを聞いてみる。 「なぁ、俺が眠ってるときお前なんか言ってたか?」 小首をかしげながら、 「ん〜、なんだったかな?」 麗が覚えていないなら俺も深く気にすることはないか。 そう結論付ける。 電車が終点のホームに到着する。 そして、目の前には広大な海が広がっている。 「うみ、きれいだね。」 「少しこの辺でも歩くか?」 「そうしよ。」 二人連れ立って歩く。 冬の海には案の定人影はなかったが、雲ひとつない空の青と冬特有の沈んだ海の色とのコントラストはなかなかのものだった。 さすがに吹き付ける冬の海風は厳しいが、堪えられないほどでもない。 今麗はこうして二人で歩きながら何を感じて何を思っているのだろう? 顔を隣に向ける。 麗は黙って下を向いて歩いていた。 「どうした?面白くないか?」 やはりこういう雰囲気は麗には会わなかったのだろうか? 麗の求めていた海は夏の活気に満ちた海だったのだろうか? そんなふうに思って前を向き直ろうと思った矢先に返事が返ってきた。 「ん〜、かいがらさがしてるの。」 なんだ、と少しほっとして、 「貝殻?その辺にたくさんあるだろ?」 「ぴんくのかい。2まいのやつ、おもいでにするの。」 ピンクの貝、その辺の貝を見回してみると確かにピンクの貝はあまり見つからない。 せっかく海に着たのに下ばっか見てるってのもどうかと思うが、女の子にとってはこれはこれで海の遊びの定番なのかもしれない。 それからしばらくは二人の買い探しをすることになった。 ピンクの貝が発見されたのはもう昼過ぎになってからだった。 「さすがに腹減ったな。」 「もうおひるだしね。」 何か食べたい、とは思ったのだが、何度も言うようだが今は冬。 海の家もなければ出店だって出ていない。 食べ物を買うにはファミレスにしろコンビニにしろ駅まで戻らなければならない。 自分の計画性のなさが情けなくなる。 「仕方がない、1度駅まで戻るぞ。」 今まで歩いてきた方向に向き直り歩き出そうとする背中に麗の声がかかる。 「ちょっとまって、そのばすけっとあけて。」 バスケット?何が入ってるか知らないが今このタイミングであける必要があるのだろうか? 開けてみた。 「おぉ!」 なんとそこにはうまそうなおにぎりが! 「ふふ、わたしがつくったの。」 「お前、いい嫁になるぞ。」 「ゆうれいだけどね。」 俺は結構マジな台詞だった。 さて、これで食料の確保は出来た。 「じゃあ、あそこの自販機で飲み物買おう。」 財布から小銭を取り出し、投入口へ。 お茶を一つと、 「お前は何にする?」 「ん〜とね・・・、あ、これ!」 イチゴミルク1つ。 「向こうの防波堤みたいなところで食うか。」 麗にイチゴミルクを手渡して歩き出す。 「おいしい?」 「今まで食べたおにぎりの中で最高かもしれない。」 この言葉はお世辞ではなかった。 麗の作ったおにぎりは米の粒がつぶれておらず、ふっくらとしていて、塩加減も絶妙だった。 おにぎりって物が握り手によってこんなに差が出る食べ物だと走らなかった。 例の作ってきた4つのおにぎりはすべて俺の腹の中に納まった。 ちなみに麗はイチゴミルクだけでいいとの事だ。 「ごちそうさま、おいしかったよ。」 「よかった、くろうしたかいがあったよ。」 「お前いつの間におにぎりなんて作ったんだ?」 「よなかに。」 「そっか、ごめんな。俺が誘ったのに、大変だったんだろ?」 「きにしないでよ。くろうしたのはみつからないようにってことだし、それに、まんがかってもらったし、いろいろしらべてもらったりしたしね。」 「調べる」か、もう随分前の様に感じるが、たった2日前のことだ。 あの2文字を見たことが脳裏に蘇ってくる。 だが、麗には悪いがあのことは忘れることにしたのだ。 もう調査はしない。 「それより、これからどうする?」 「もうすこしここにいよ。」 「そうだな。」 「なんか、こうしてるとむかしをおもいだすなぁ。」 昔か、そう言えば俺も昔ここに家族で遊びに来た事があった。 そのときもちょうどこの辺で昼飯を食べんだったと思う。 「ん?お前昔って何か思い出したのか?」 麗は記憶がなかったはずで、ならば昔が懐かしいこともないはずだ。 「え?わたしなにかいったっけ?」 今の台詞は深層意識からとっさに出た言葉だったのだろうか? とぼけているようにも見えない。 「あっ、ねぇねぇ、とりがいるよ!」 俺達の注意がそちらに向かってしまい、結局それ以降木の葉ナシヲすることはなかった。 あれから結局とりとめもない会話をしたり、海を眺めたしているうちに随分と時間が経ってしまった。冬の日は短いのだ。 「そろそろ帰るか。」 ズボンについた砂を払いながら立ち上がる。 麗はちょっとためらっているようだったが 「ん〜そうだね、あんまりおそくなるといけないもんね。」 手を差し出して立たせてやる。 そして、駅へと足を向けた。 駅に着いてすぐ電車は発車した。 今度も人はあまりいなかったので墨の方に陣を取っ手座ることにする。 「きょうはたのしかったね、」 「あぁ、ちょっと疲れたけどな。」 「またきたいな。」 「またそのうち来ればいいさ。」 「うん・・・そうだね。」 それきり会話が途絶えてしまった。 麗は来た時のように外を見ることもせずに手を膝の上に置き下を見て沈黙している。 疲れたのかもしれない、俺も黙っていよう。 「・・・。」 「・・・。」 30分ほど経った頃、幾つ目かの駅が近づいて来たときのことだった。 さっきまで黙って座っていた麗に変化が現れた。 ドアの方を見て何だがそわそわとし始めたように感じる。 減速が始まる。 駅の明かりが眼に入ってくる。 既に外は思ったよりも暗くなっていたようだ。 ドアが開く。 出て行く人はいないようだった。 と、突然麗が立ち上がったかと思うと外に向かって走り出した。 「お、おい!どこいくんだよ!?」 とっさのことで動きが遅れた。 ドアが閉まり始める。 「くそっ!」 立ち上がって2,3メートル走る。 危うくはさまれるところだったが、辛くもドアをすりぬけ、外に出ることに成功した。 霊の姿を捜すと、改札の方へ走っていく後姿を捕らえた。 見失わないように改札へ走るが、自動改札に引っかかる、こういう時間ってのは非常にもどかしいものだ。 改札を抜けて、まだ何とか視界の中にいる麗を追いかけるために再び走り出す。 「ったく、何考えてんだよ!」 意外に速い背中はあまり大きくなってこない、と思った矢先麗の動きが止まった。 ようやく手の届くところまで来たのはいいが、全力疾走したためにまともにしゃべることが出来ない。 麗からは再び走り出す気配は感じられなかったので、しばらく息を整えることに専念する。 ところでここはどこなのだろう? 走っている最中に見た分には単なる住宅街に見えたが。 「ここ。」 「?」 まだ粋の整わない俺に向かってかは分からないが例が話し始めた。 「ここね、私、知ってるの。」 「・・・なにか・・・思い出したのか?」 声を絞り出して聞く、もう少しでまともにしゃべれそうだ。 「うん、思い出した。」 どうも嫌な予感がする。 「ここ、私の家。」 目の前の家を見上げてみる。 電気はついていないし、どうにも人の気配というものが感じられない。 俺が何か言葉を捜しているうちに麗は訥々と語り始めた。 「私、ここから、学校に通ってたの。ちょっと遠かったけどね。 私にとっての高校生活はあんまり楽しいものじゃなかった。 私性格暗かったし、全然友達出来なくて・・・。」 麗が暗かった?想像できない。 「それはまだ良かったの、いつものことだったから。 でも、友達が出来なくて黙ってるのがだんだん周りの無視につながって、 最終的にはいじめに発展して・・・。 さすがにつらかった、堪えられなかった。 その時ちょうど両親の仲もあまりよくなくて、 学校にも家にも居場所がなくなって、それで・・・。」 「もういい!」 麗の言葉を俺はさえぎった。 「自殺」その言葉を麗の口から聞きたくなかったのだ。 「ゴメンね、こんな話聞きたくないよね。」 麗は顔を伏せてしまう。 「自殺」という言葉を麗の言葉から聞きたくなかったがためにとっさに言葉が出てしまったために言葉が少しとげとげしくなってしまった。 それでも麗は今度は話題を変えて話を続ける。 「幽霊ってね、この世に強い思いのある魂がその思いに執着することで生まれるの。 私もそう。それは恨みだったのか、未練だったのかそれは忘れちゃったけど。 でも、そのいずれもがもう果たされたみたい。」 幽霊は強い思念に中着することで生まれる、と言う事は、その思いが果たされたと言う事は・・・。 「つまりお前・・・。」 「もう、向こうに行かないといけないみたい。」 そう言うと麗の体が淡い光に包まれ、宙に体が浮き始める。 「ありがとうハジメ。この週末今まで生きてきた中で一番楽しかったよ、って幽霊だけどね。」 今にでも消えてしまうのではないかと焦る俺は麗の手をつかんで怒鳴るようにして話す。 「自分の勝手で憑いてきといて、自分で勝手に行っちまうなんて・・・。」 徐々に高く舞い上がっていく。 「待ってくれ、まだ言いたい事があるんだ!俺お前のことが・・・。」 「それ以上言っちゃダメ!!」 伝えたかった大切な言葉をさえぎられてしまう。 「それ以上言ったらたわし向こうにいけなくなっちゃう。」 「いいじゃないか!ずっとこっちにいろよ!」 「ダメ。私がこっちにいるとハジメに迷惑かかっちゃうから。」 「迷惑なんてかかっちゃいない。」 ゆるゆると首を振る麗。 「それも歩けど、幽霊がこっちにいるには命の力が必要なの。 私はハジメの命を浪費しないとこっちにいることが出来ないから。」 「そんなこと知ったことか!」そう言おうとした時、麗の目から一粒の涙が零れ落ちる所が見えた。 光に包まれ涙する麗、それは非常に幻想的であった。 その今居の絵のような光景に眼を奪われ、俺は行きとともに言葉を飲み込んでしまったのだ。 涙がゆっくりと落下し、俺と麗とでつないで手に落ちる瞬間。 涙の粒が弾け、麗の身体も光の粒となって四散した。 「・・・。」 さっきまでつないでいた手がむなしく空をつかむ。 なんともあっけない別れだった。 お互い小夜ラサさえも言う事が出来なかった。 点に手を掲げたまましばらくその場から動くことが出来なかった。 麗との別れから自宅まで一体どうやって帰ってきたのか今ひとつ思い出せない。 ただ、財布から電車代分のお金が消えていたので電車で帰ってきたのは間違いないだろう、と思う。 家のドアをくぐり、母さんと鉢合わせするが、一言二言声をかけてきたが、しばらく一人にして欲しいと伝えるとそれ以上は何も言ってこなかった。 こういうところに鋭い母さんにはいつも助けられる。 階段を上りベッドへ倒れこむ。 しばらく天井を見上げていたのだがこんなときでも身体は痛くなるもので、少し横向きになる。 横向きになった俺の視界に床に散らばった漫画が眼に入ってくる。 「全くあいつは、読んだ本くらい片付けろよな。」 そんなことを口走って苦笑してしまう。 散らかった漫画を眺めているとあの少女漫画が眼に入る。 そういえばどんな話だったか? 手に取ってみる。 「ん?」 本に何か挟まっているようだ。 「なんだ?」 挟まっているページを開いてみると、そこには今日麗に買ってやった切符の半券と、そして海で拾ったピンクの貝殻の片方が挟まっていた。 そして、挟まっていたページの女の子はこんな台詞を言っていル野だった。 ―――私も君のこと好きだよ―――